Essay9

土　～ぼくの宝物～

「土」 ぼくの宝物。それは、土門挙さんの写真集！

*障害者センター「リレーエッセイ」として1999年に書いたものです。

ぼくの宝物に、古びた一冊の写真集がある。 39年前に出版されたこの写真集は、週刊誌のような体裁で、紙はザラ紙写真は白黒、値段は100円。
写真集のタイトルは「筑豊のこどもたち」写真家土門拳さんの作品である。この写真集は父親が買ってきた。
土門拳さんは「一人でも多くの人に、筑豊の現実を知ってもらいたい」そんな思いで、当時ブームだった週刊誌スタイルにして値段を抑えたそうである。当時１０歳だった僕の愛読書といえば、漫画雑誌の「少年サンデー」「少年マガジン」。値段は30円か40円だったと思う。

写真集から飛び出してきたその世界に、ぼくはくぎづけになった。
同じ日本の中で、同じような年頃の子供が、信じられないような劣悪な環境で生活していた。
ぼくはといえば、やっとわが家の床の間に鎮座した「テレビさま」に向かい「わくわく！ドキドキ！うきうき！」の毎日。欲しいと思えばそこそこのものは手に入った。「栃若の激突」「世界一の東京タワー完成」「フラフープ」「ダッコちゃん」「即席ラーメン」「ミッチーブーム」興奮の連続だった。子供心にも世の中全体浮かれていた。
「なぜ、どうしてぼくとちがうの？同じ子供なのに…」ぼくの知っている世界とはまるで違う、もう一つの世界が写真集の中にあった。

「この子たちに家に来てもらおうよ、ぼくのおねえちゃんになってもらおうよ」

「何言ってるの、そんなに簡単な事じゃないのよ」

母親のその一言で、話は終わってしまった…。何も出来ないぼく…。
その日からぼくは新聞を読むようになった。「三池争議で流血事件」「安保条約反対のデモで東大生樺美智子さんが死亡」「右翼の少年に浅沼委員長が刺殺される」「山谷・釜ヶ崎で暴動」「サリドマイド」「水俣病」…
しだいにぼくは「もう一つの知らなかった世界」に引き込まれて行く。
二つの世界の間で僕はあえいだ。学生運動にものめり込んで行った。
「日韓条約阻止闘争」「ベトナム戦争反対闘争」「エンタープライズ寄港阻止闘争」…「三里塚闘争」
中学・高校・浪人・大学、ぼくは21歳になっていた。
世の中がぼく達の力で変わるかもしれないと真剣に思っていた。変えなければいけないと真剣に思っていた。
その頃のぼくは、三里塚の農家のビニールハウスに泊まり込み、朝は畑仕事の手伝い、昼からはデモという日々を送っていた。

母親のその一言で、話は終わってしまった…。何も出来ないぼく…。
その日からぼくは新聞を読むようになった。「三池争議で流血事件」「安保条約反対のデモで東大生樺美智子さんが死亡」「右翼の少年に浅沼委員長が刺殺される」「山谷・釜ヶ崎で暴動」「サリドマイド」「水俣病」…
しだいにぼくは「もう一つの知らなかった世界」に引き込まれて行く。
二つの世界の間で僕はあえいだ。学生運動にものめり込んで行った。
「日韓条約阻止闘争」「ベトナム戦争反対闘争」「エンタープライズ寄港阻止闘争」…「三里塚闘争」
中学・高校・浪人・大学、ぼくは21歳になっていた。
世の中がぼく達の力で変わるかもしれないと真剣に思っていた。変えなければいけないと真剣に思っていた。
その頃のぼくは、三里塚の農家のビニールハウスに泊まり込み、朝は畑仕事の手伝い、昼からはデモという日々を送っていた。

現実を見ないように、仕事と家族の間を行ったり来りの毎日…。誕生した長男がアトピー体質ということがわかり、転地療法のため神戸に転居したが、この転居もどこか子供にかこつけての、東京から、現実からの逃避であった気もする。
神戸に来て１１年目の1月17日、あの阪神淡路大震災と遭遇する。
住まいが山側であったため大きな被害も受けず、家族も全員無事だった。ぼくはすぐに兵庫長田に住んでいる友人を訪ねた。そこでぼくの目に飛び込んできたのは、家族を亡くし、すべてを失い、路上に、学校に、公園にうずくまる人々だった。
ぼくは思わず手を差し出した。支援でもない、奉仕でもない、可能性としての自分が、ぼくをボランタリ-な行動に突き動かしたのだ。震災は、たった一秒先が予知出来ない人間の限界を教えてくれた。
6,430名にもおよぶ尊いいのちを奪って…。

それから4年半、数え切れないほど多くの人々と出会った。手を握り、肩を抱きしめ、ともに涙する仲間ができた。「堀内さんもやっと神戸の人間になったな」東京もんと言い続けてきた友人がそう言ってくれた。
神戸が、「ぼくの還える土」になったのかもしれない。 「知らなかった世界」でもない、「元の世界」でもない、「補い合い支え合える仲間がいる世界」がここにはあるから。
「筑豊のこどもたち」と出会って39年…手の届かなかった「筑豊のこどもたち」がちょっとだけ近づいた気がする。

1999年8月30日記

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